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3 : ラテンアメリカ、2007年12月14日
”WAGYU”

チリ大手スーパーJUMBOの肉売り場にて
海外で突然アルファベット表記の日本語にあってもすぐに認知できないことがある。スペイン語では「わ」の発音がなく、「WA」は「ヴァ」になる。うしろからふたつめの母音にアクセントが来るので、ヴァにアクセントで「ヴァギュ」。
チリのスーパーマーケットでとうとう和牛に出会った。肉売り場で、手に取ったチリの人たちがヴァギュヴァギュ言っている。実は今年9月の独立記念日のときに発見したのだが、今回のクリスマス商戦にも参戦していた。独立記念日で好成績だったのか、余らせていたか。私が佇んでいると、上流をにおわせる年配の女性に話しかけられた。「ヴァギュって何?」と。広告に「オリエンタルテイスト」と書いてあるので、オリエンタルなわたしに聞いてきたのだろう。
確かに、広告のデザインとして背景にはひらがなと漢字があるが、どこにも日本とは書いていない。スペイン語の説明には、「比類ないあまい旨み」「焼きあがりが早いから注意」とあるだけだ。一般に「ヴァ(和)」が日本を意味することが浸透していないので当然の質問だろう。だが、わたしも和牛の定義に詳しいわけではなく困ってしまったので、「日本在来種で健康に育った牛で、やわらかくておいしい」と言っておいた。「健康に育った」というところは、イベリコ豚のイメージが勝手にくっついてしまっただけで、ちょっと嘘だったかもしれない。実際、牛が育つ過程で食べているのはアメリカや中南米産のトウモロコシかもしれない。でも女性はとても納得して、「日本のものなら間違いない。日本大好き。」といって500グラムパックを4つも購入してくれた。とちぎ農協?かチリの輸入会社には説明不足を反省してもらいたい。
しかし、隣国アルゼンチンの牛肉は南米じゃちょっと有名でとてもおいしいし、チリが自国で生産しているものもすごく良質かつ安価だ。このあたりには良い牛肉があふれている。和牛が参戦する必要があるのだろうか。
9月18日の独立記念日前後を境にチリは春を迎え、お祭りと暴動(11日クーデター記念日・19日陸軍記念日)の1週間が終わると夏になる。チリは冬が雨期だ。スモッグに覆われてどんよりと湿った空気から一転、空は高く晴れあがり、オゾン層が破壊した天から痛いほどの日差しが降り注ぐ。原色の花々がきれいに咲き揃い、空気は乾燥して雨が降ることはない。それから半年の間はとにかくことあるごとに、庭先や避暑先で、あるいは道端や軒先でバーベキューをしては肉を食べる季節なのだ。
まもなくクリスマスの連休(平均5日)になると首都人口の3分の2はサンチャゴから家族丸ごと脱出して、海や山で過ごす。スラム住民も例外ではない。すべてではないが。はじめて聞いた時は、「貧困者がリゾート?」と思ってしまったが、それがサンチャゴスラム住民の在りかただ。サンチャゴ市内には走行する車もほとんどなく、ものけのから、ということばが相応しい。正月三が日をきっちり休むのが基本だった一昔前の日本のお正月のような静けさになる。
サンチャゴに残った人びとも、それぞれの家の庭でバーベキューをする。連日、家族や親しい友達が集まって、エンパナダという揚げ餃子のようなものとチョリパン(パンにチョリソーをはさんだもの)をつまみにして、牛肉を中心にした各種獣肉を焼いて食べる。スラム地区でも少々焼かれる肉の産地や部位が違い、頻度も少ないけれど、バーベキューをする。とにかく国民みんなが肉を食べまくる日々の到来だ。
そうした事情のチリに、ヴァギュの参戦。チリの人類学者宅でのバーベキューで和牛を食べてみることになった。売りはオリエンタル・テイストということだが、焼かれてチリ独特のぺブレといわれる濃い味付け(玉ねぎのみじん切り+角切りトマト+塩+チリ)をされると、チリでよくあるステーキになってしまう。飽きた消費者は少し変わったものを求める。それを狙っての和牛であり、ブランド力だろう。味はどうでもいいとまではいかなくても、二の次だ。いまのチリでは何につけても日本そのものがブランドだ。

肉奉行は男性と決まっている
今のところ、「ブランドを食べている、いつもとは違うもの」というのが大事なのだという結論に至っている。ブランドは商品として「パッケージ化」されているだけでなく、その広告展開や販売戦略もパッケージ化されていて、人びとがそれを良いと思い、手に入れて楽しむことを喜びとするという意味では、植民地時代のキリスト教教義のようだ。トランスナショナルについて考えるとき、ブランドというのはひとつの切り口になることを再認識した和牛だった。ブランドとトランスナショナルについては、マクドナルドのローカル商品展開とあわせて高級ブランドを例にまた考えてみたい。
Posted by 管理者 Date:2007年12月14日 02:43|パーマリンク | コメント: 0 | トラックバック: 0
3 : ラテンアメリカ|5: 地域別、2007年03月12日
2007年2月、トランサンチャゴなる首都交通網の大改革がはじまった。
個別運営会社だった路線バスの整備と地下鉄の統合、運転手の定額給与制、バス停留所の固定、
黒煙を吐くバスを減らしての公害対策、ICカード支払制・・・「近代システム化」を図るということらしい。
いままでのバスは、いかに多く走って沢山の人を乗せるかが勝負みたいなところがあったので、
開け放しのドア、豪快な走りっぷりが醍醐味で、ひっきりなしに乗っては降りていく物売りや
folksong歌手や大道芸人たちがいた。それに、バス停じゃないところでも、訴えるように見つめればバスに乗せてくれたし、○○の近くで降りたいの、と運転手に言っておけばバス停を無視して降ろしてくれた。 でも近代化はそういう甘えを許してはくれないし、芸人たちのスペースもなくなった。ドアはきちんと閉じられ、行儀良く決められた速度で走っている。
これまでの路線を全取り替えして、バス停の場所が変わったため、人びとは路線図を手に右往左往している。また、バスの数が減らされたうえ、稼働時間も短くなった。これだけでもすごいこと。東京じゃ必要もないけれど、考えられないことだ。 少なくとも7000台のバスが減らされ、市郊外の空き地にその屍がある。少なくとも7000人の運転手が失業したのだ。その中にはローンでバス車体を購入して、これからがんがん走らせて稼いでいこうとしていた人たちもいた。ローンだけが残った。この交通大革命はつい2年前に計画が急浮上して、ちらほら名前を聞くかなという程度の浸透のまま実施されたのである。バスの台数が減ってなかなか来ないためバス停は長蛇の列ができ、きたバスは満員で人が溢れ落ち、既に重大な交通事故が起こって死者も出てた。窮屈すぎる車内では子どもがひとり窒息死した。
地下鉄のEscuela Militar駅。帰宅ラッシュ時間の改札。ホームに人が溢れてしまうため、改札で行列をつくっている。
こうした事情のため、マイカーを買う人が2割も増えたという統計が出た。しかしそのせいで道路は大渋滞、結局市民全体が交通混乱に巻き込まれている。以前なら1時間で行けたところに3時間かかることもある。みんなそれを見越して平均2時間早く出勤する有様。バスがあてにならないから地下鉄に乗る人が増え、地下鉄は東京さながらの混雑ぶりを呈している。当然出勤遅刻が続出、テレビのニュースで泣いている女性がいた。
2007年3月11日放送のCanal7 Chile
細木数子はいったこの女性は4時間待ってもバスに乗れず、遅刻で解雇されちゃうかもということで泣いた。近くにいた警官が携帯で女性の勤め先に連絡、事情を話して事なきを得た。4時間は待ちすぎでしょ、と突っ込みたいところだが、こういうことが起きている。
3月にはいっていわゆる日本で言う新学期がはじまり、ますます問題が表面化してくる模様。こんな大改革がほんとに行われるなんてすごすぎてちょっと目が離せない。 落ち着けばよいシステムという評価になっていくはずだと誰もが信じているが・・・。わたしは「近代化」を目の当たりにして興奮気味である。
Posted by JN Date:2007年03月12日 18:51|パーマリンク | コメント: 444 | トラックバック: 0
3 : ラテンアメリカ|5: 地域別、2006年08月16日
今日のサンチャゴは冷え込みました。
「ストーブに当たりながらアイスを食べる」という行為を無性に実現したくなったわたしは
近くのスーパーで真剣にアイスクリームを選んでいました。
ヴィエネッタという日本でもお目にかかったことのあるケーキ状にアイスが織りなさたもの、
月曜セールで日本円にして200円。
これだな。と思ってそれをカゴにいれようと思ったとき
「ねえってば」と肩をたたかれたのでそちらを見たら、見知らぬ子連れの女性がいました。
ヴィエネッタに夢中だったわたしは気づかなかったのですが、ちょっと前からいた模様です。
「子どもにアイスを買ってあげたいの、小銭を頂戴」といわれました。
そう言ってくる人みんなにあげてるときりがないので一度は断ったものの、
わたしのヴィエネッタに子どもの目が釘付けになっている・・・ばつが悪いとはこのこと。
ちょうどポケットに小銭があったので渡しました。
スーパーを出て、その出来事のことをぼんやり考え、
どちらかというと悲しい気分でした。現実が。
そこに、さっきの親子がいて、確かに子どもがアイスを持っていて、
母親は通りすがりの男性にやはり「小銭を頂戴」と言っていました。
母親はわたしに気づき、満面の笑顔で「ありがとう」と。
わたしが、いいの。というやいなや、「食べるものもないの」と引き続き甘える母親。
わたしはその発言を無視して、単純な興味から、「どっからきてるの?」と聞きました。
居住地域のはっきりしているこの国では、彼らは遠くから来ているはずで
バス代がかかるだろうになあ、というたんなる疑問です。
彼女は「えっ?」という顔をしたあと、不意の質問に答えてくれました。
子どもが「あなたはどこからきたの?韓国?中国?」とわたしに尋ねました。
わたしが「日本」と答えると、母親が「はじめて話した日本人よ」と。
それじゃね、と角を曲がって違う方向へいったわたしに背後から
「ねえほんとにありがとう、話せてうれしかった」と大声でいわれて照れくさかったです。
わたしたちはもっと考えるべきことがあると思いました。
構えない交流、人が文脈から自由になったときにみえるものを大事にしなければならないと。
Posted by JN Date:2006年08月16日 03:48|パーマリンク | コメント: 2 | トラックバック: 0