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メンバー便り Member blog

メンバー便り:5: 地域別

都市のストリートとヒジュラ(國弘暁子)

5: 地域別|6 : 南アジア、2007年07月19日

インド、グジャラート州の商業都市アーメダバード。市の中心を流れるサバルマティ河を境に、旧市街と新市街に分かれる。新市街側は、高層住宅が続々と建設されて、グジャラートの富裕層たちが多く暮らす。整然としたつくりの新興都市の裾野は広がる一方だが、河を挟んだ反対側の旧市街には開発という文字は見当たらない。混沌とした旧市街の中心部には、幅2メートルほどの道がクモの巣状に張り巡らされ、道の両側に並ぶ商店が通りの活気を生み出している。

旧市街の中心部を活動拠点とするヒジュラのジャヤさんは、幼い頃からこの地で暮らし、両親が亡くなった後に去勢をして、ヒジュラとなった。都市におけるヒジュラの生業は、数名の仲間とともに、生まれた子供の家や、結婚式場を訪れて、彼らに女神の恩寵を与え、ある一定の金額を受け取ることである。仲間と活動する時間帯は早朝から午後2時頃まで。その後は、皆それぞれの家に戻る。ジャヤさんの場合、夕刻に一人でバザールに出かけることが大好きで、道の途中で知人と出会う度に立ち止まり、長話をしている。そんな井戸端会議は、ジャヤさんにとっては情報を得る格好の機会である。話し相手が女性の場合、彼女たちは、どの家で子が生まれたかの情報をジャヤさんに教えるのである。
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写真1)ポール(ストリート)居住区の風景

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写真2)午前中のバザール風景:三本の道が交差する場

ある日、道ですれ違った知人の女性が、ジャヤさんに「どこに行ってたのよ。どこどこの家に子が生まれたよ」、と情報をよせてきた。その翌日、ジャヤさんと私は、その家へと向かった。その家の場所を突止めると、ジャヤさんは自分の財布に常に忍ばせている赤いチョークを取り出して、自分のマークと名前を壁に書き込んだ。それは、他のヒジュラに自分の取り分を横取りされないためである。ジャヤさんと訪れた家は、ベンガル地方(東インド)出身者の家で、子供はまだ生後11日目であった。

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写真3)印付け

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写真4)子をあやす

通常、子が生まれてから約一ヶ月間は儀礼的ケガレの期間であり、子が生まれてから6日目までは、そのケガレも強力であると言われる。6日目とは、女神があの世からやって来て、子の額に運命を記す日であり、チャッティ(6日目)という儀礼も行われる。つまり、6日目というのは、この世に誕生した子が、初めてこの世における運目を授かる日である。そして、この日を境にして、あの世とこの世の境界現象としてケガレも減少していく。

この儀礼的ケガレの状態にある期間は、他所の家の人間は、生まれた子に触れることも、また、生まれた子がいる家に近づくこともしないのだが、ヒジュラであるジャヤさんには関係ない。生まれたばかりの子を抱きかかえて恩寵を子に与えていた。ただし、誕生のケガレ状態にある家の水は飲まなかった。子の誕生を祝う儀礼はこれだけではない。ケガレの期間が終わる頃に、ジャヤさんは自分の仲間を数名連れ立って、ダンスを披露し、歌を歌うのである。

[歌詞]
クリシュナのゆりかごを揺らす
父方オバが来て、ギフトをくれ、
命名をする(グジャラートでは、父方オバが名付け親となる)
母方オバは子(クリシュナ)が大好き
甘いものをもってくる
ゆりかごを揺らす

8日目(吉日)に生まれた
ゴクール村はお前の村
ナンダ・バワ(父親の名)の家
カンクワルはお前の名前
ゆりかごを揺らす

Posted by 管理者 Date:2007年07月19日 13:28|

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コメント (2)

國弘暁子:

関根先生 コメントありがとうございます。
「新しいことは新しくないこと」というコメントの中の表現を見て、『今はむかし、昔はいま』(網野 、佐竹 、大西 編)というシリーズ・タイトルのを連想させられました。日本のことを知らない自分にとって、大変興味深い内容であり、とても勉強になる書です。死という現象に関する記述もあります。今度、持参いたします。

投稿者: 國弘暁子 | 2007年07月23日 20:41

日時: 2007年07月23日 20:41

関根康正:

すごくリアルにフィールドの空間イメージが湧いた。まだここには野村先生の言う、マナー化以前の作法が辛うじていきているのかな。儀礼的に歌を歌うとは、どういうことかと考えさせられた。コンベンションをそっとおくことなのか?ささやかな永劫回帰の実践なのか?新しいことは新しくないこと。新しくないことが新しいこと。そんな時空が、この写真のストリートから・・・感覚されたのはどうしてだろうか。

投稿者: 関根康正 | 2007年07月23日 19:03

日時: 2007年07月23日 19:03